労基法その他労働法
当院は小規模なクリニックです。令和8年10月からカスタマーハラスメント(以下「カスハラ」といいます。)対策が義務になると聞きました。当院のような規模のクリニックでも対応が必要でしょうか。また、具体的に何をすればよいのでしょうか
対応が必要です。令和7年法律第63号による改正後の労働施策総合推進法第33条により、令和8年10月1日から、事業主にカスハラを防止するための雇用管理上の措置を講じることが義務付けられます。この義務は、法令上「事業主」に課されており、人数要件などの適用除外は設けられていません。したがって、企業規模を問わず、労働者を雇用するすべての事業主が対象となり、小規模なクリニックであっても対応が必要です。
カスハラとは、①顧客等の言動であって、②その雇用する労働者が従事する業務の性質その他の事情に照らして社会通念上許容される範囲を超えたものにより、③労働者の就業環境が害されるものをいいます。医療機関の場合、「顧客等」には患者やその家族などの施設の利用者が含まれ、電話やSNS等を通じた言動も対象になります。
例えば、患者やその家族からの長時間にわたる執拗なクレーム、暴言や威圧的な言動、不当な謝罪や金銭補償の要求などは、この定義に該当する可能性があります。一方で、患者からの苦情や改善の申入れが全てカスハラに当たるわけではありません。「要求の内容」と「要求の手段・態様」が社会通念上許容される範囲を超えているかを個別に判断することが重要です。
事業主が講ずべき措置は、指針(令和8年2月26日厚生労働省告示第51号)に10項目が定められています。主な内容は次のとおりです。
●カスハラには毅然とした態度で対応し労働者を保護する旨の方針の明確化と、あらかじめ定めた対処内容の周知
●相談窓口の設定と周知、及び相談窓口担当者が適切に対応できるようにすること
●発生時の事実確認、被害者への配慮、再発防止
●特に悪質と考えられる事案への対処方針をあらかじめ定め、周知し、対処できる体制を整備すること
●相談者等のプライバシーの保護と、相談等を理由とする不利益取扱いの禁止
クリニックで特に検討が必要なのは次の3点です。第一に、指針が対処内容の例として挙げる「管理監督者に指示を仰ぐ」「可能な限り労働者を一人で対応させない」は、少人数の職場でこそあらかじめルール化しておく必要があります。第二に、悪質事案の対処例には警察への通報、警告文の発出、施設への出入禁止等が挙げられていますが、医療機関では医師法第19条の応招義務との整理が欠かせません。「応招義務をはじめとした診察治療の求めに対する適切な対応の在り方等について」(令和元年12月25日医政発1225第4号)では、患者の迷惑行為により診療の基礎となる信頼関係が喪失している場合には、新たな診療を行わないことが正当化されるとされており、この考え方を踏まえて対応手順を定めます。ただし、実際に診療を断るかどうかは、緊急対応の要否や信頼関係の状況など事案ごとの判断になります。第三に、対策を講じる際は、消費者の権利や、障害者差別解消法上の不当な差別的取扱いの禁止・合理的配慮の提供義務に留意する必要があります。
また、相談窓口を院長のみとすると相談しにくい場合があります。複数名を窓口とする、又は外部窓口を併用することもご検討ください。
なお、令和8年10月1日からは、改正男女雇用機会均等法により、求職者等に対するセクシュアルハラスメント対策も義務化されます。実習生の受入れがある場合は併せてご確認ください。
事業主には、労働者の安全や健康に配慮する義務があります。カスハラ対策は、このような職員の安全と健康を守る観点からも重要です。発生に備えて相談体制や対応手順などを整備し、就業規則やハラスメント関係規程に反映したうえで、適切に運用していくことが求められます。
2026年8月14日
※本記事は令和8年10月1日の施行前に作成したものです。同日以後にお読みの場合は、施行済みの内容として読み替えてください。
労働施策の総合的な推進並びに労働者の雇用の安定及び職業生活の充実等に関する法律
(職場における顧客等の言動に起因する問題に関する雇用管理上の措置等)
第三十三条 事業主は、職場において行われる顧客、取引の相手方、施設の利用者その他の当該事業主の行う事業に関係を有する者(次条第五項において「顧客等」という。)の言動であつて、その雇用する労働者が従事する業務の性質その他の事情に照らして社会通念上許容される範囲を超えたもの(以下この項及び次条第一項において「顧客等言動」という。)により当該労働者の就業環境が害されることのないよう、当該労働者からの相談に応じ、適切に対応するために必要な体制の整備、労働者の就業環境を害する当該顧客等言動への対応の実効性を確保するために必要なその抑止のための措置その他の雇用管理上必要な措置を講じなければならない。
2 事業主は、労働者が前項の相談を行つたこと又は事業主による当該相談への対応に協力した際に事実を述べたことを理由として、当該労働者に対して解雇その他不利益な取扱いをしてはならない。
~以下略~
※令和8年10月1日施行(令和7年法律第63号)
事業主が職場における顧客等の言動に起因する問題に関して雇用管理上講ずべき措置等についての指針(令和8年2月26日厚生労働省告示第51号)=カスハラの3要素、事業主が講ずべき10の措置、悪質事案への対処例(警察への通報、警告文の発出、商品の販売・サービスの提供の停止、施設への出入禁止、仮処分命令の申立て等)を示す。
医師法第19条第1項(応招義務)=診療に従事する医師は、診察治療の求めがあった場合に、正当な事由がなければこれを拒んではならない。
「応招義務をはじめとした診察治療の求めに対する適切な対応の在り方等について」(令和元年12月25日医政発1225第4号)=診療しないことが正当化されるか否かは緊急対応の要否等により判断され、患者の迷惑行為により診療の基礎となる信頼関係が喪失している場合には、新たな診療を行わないことが正当化される。
